わたしのB面ブログ

娑婆に関心が持てなくて20代後半で尼寺に行った方がいいのでは、と考えていた人のお話

同じ場所の夢3

この夢は、嘘かもしれないけど生存を約束された夢だったのかもしれない。しかも私はこの夢を三回に分けて見た。夢の始まりは列に並んでいたところから始まる。気が付いたらそこに並んでいたから、自分が何でそこにいたのかは全くわからない。そこは港のようで大きな艦船に向かって歩いているようだった。そんな夢の序章を見てから少し経って、夢の続きが再開された。

二回目の夢

私はまた列に並んでいた。そこには警察か自衛隊のような人がその場を取り持っている。段差のある護岸を下るため足場の悪い板を下って下におりる。丁度護岸と板で掛けたスロープのところで男性が注意喚起をしており、気を付けて下りたいところだ。心して、気をつけて下りようとしたが急に恐怖に襲われ、そこに立っていた男性の肩を借りることにした。もしかしたらその男性とは知り合いかもしれないけど誰かはわからなかった。そして男性に支えられてその板を跨いだ。スロープを下りると道が二手に別れており、艦船に向かう人が圧倒的に多くて左手方向に進む人は疎(まば)らであった。どっちにいけばいいのかわからなくて動揺したけれど、先程肩を借りた男性の方を向くと指差しで左方向に進む指示を出してくれたのでそれに従って進むことにした。左の道を道なりにいくとトンネルが現れ、その道を選んだ人はそのトンネルを潜(くぐ)って先の見えない道を歩んでいるのだった。

三回目の夢

次にまた同じ夢を見た時には港に向かって人は列を成さず歩いており、前に見た時のように艦船へと向かっていた。再びこの場に来たからには今度は助けを借りずに下って艦船の方へ行ってみようと思った。前と同じ場所に同じ男性が二人、向かい合って人々を誘導していた。前回の夢では私に肩を貸してくれた男性が、また肩を貸してくれる素振りをしてくれたけど、今回は恐怖を克服して下りたかったので手は借りずに足場の悪いスロープを下りていった。下りて艦船へ向かう列は、隊列を為しているようだったけれど、私の行く先は艦船の方だと感じたので割り込んででもその列に入ろうと試みた。いくら入ろうと試みても押しくらまんじゅうをされるだけで、その列から押し出されるのだった。またその列に押し入ろうしたけれど、鬱陶しがられ手すらはね除けられる始末であった。しかし既に艦船に乗船しているある人が、私にとっては大事な人のように感じていて、私がその列に入れないのならその人を振り向かせたい気持ちが大きかった。

列からはね除けられた後にその人の名前を呼んでいたけれど、夢の中では違う人の名前を呼んでいたみたいで列を歩いている一人からは、嫌みたっぷりの言い方で「ちげーよ」と言われてしまった。確か前に見たときは甲板を歩いていて後ろ姿しか確認できなかったけど、今回はこちら側を向いており寂しげな表情を浮かべて俯(うつむ)いている状態だった。私はその人の元に行って連れ戻したいと思ったけれど、艦船に向かう隊列には入れなかったから助けたいと思う拭いきれない気持ちのまま、再び人がまばらな道を進むしか出来なかった。

根拠

なぜ根拠が見いだせないのに生存を約束されたと述べたのかとゆうと、肩を貸してくれた男性が私に指差しで道標を出してくれた後、ヘルメットを被った別の自衛隊員らしき人がその男性に対して何かを指摘していたことに一因がある。その人はなぜ私に道を教えたのかを指摘をされているようであった。他にも男性に何かを言っているようだったけど離れた所からは聞こえず、しかしその道に疑心暗鬼もぬぐえずに立ち止まって男性の方を気にしていたら、こちらを振り向き感情を抑えた様子で何かをぶつぶつ呟いていたので、その時に今いる道にいる事が正しいことだと納得できたのである。それは目に見えない感覚の為、細かな理由があるからではない。自分の置かれた状況に疑問を抱いて、助けを求めたから直感が働いただけなのだ。現実問題としてはこの夢はが本当かはわからない。でも、もしその夢が現実ならば嬉しくもあり悲しくもある出来事である。

モヤモヤっとした恋愛

一、占い

女性であれば、絶対に一回は占いで願い事をしたことがあるだろう。そもそもそれ以上にそれに頼ったことのある人が多いと思う。私も、二十代半ばに行き詰まっているその時を打破できるかもしれないと思い、占い本を見て過ごしたことがある。その時は、一本道の気まぐれ自動扉が開くのを唯唯待つことしかできない状態で、今日の占いを見ても自分自身に克をいれるくらいしかできなかった。モヤモヤした恋愛はこういった感覚に似ているようにも見える。しかし気休め程度で見始めた占いの動画では、お悩み相談を定期的に開催しており少し疲れるけれどその人間模様を覗かせてもらっている。少し前は相談者さんの問に希望が持ててプラスに傾く答えが割とあったけれど、最近は恋愛を以外にも普遍的な人間関係に悩まれている方が多く感じる。よく《生きていれば誰でも問題を抱えている》と言われたりもしたが、この言葉はマイナスにしか働かない言葉だと改めて思う。今回のお悩み相談は、この言葉を真に受けた方々がドツボに嵌まってしまったことが原因かのように思えた。

相談中のチャット欄にその相談に対しての意見があって目についた一文がある。

目先の利益だとしても、好きな人に求められたら嬉しいってなっちゃうのかなぁ

大まかな相談内容は、遠距離で年齢も離れているからお付きあいに発展させなかったけれど一回だけ体の関係を持ったそうだ。その後話が進んで、男性側が遠距離で体の関係が持てなくなるから好き同士でも付き合わない選択をした、と言う内容だった。このチャットの意見は一回だけ体の関係を持ったことに関しての発言だった。またチャット欄では憶測を呼んでおり、結局は体目的で本当は好きではないのに、相手の感情をもてあそんでいる事を軸に考えた人がいた。それに対しての正直な意見も見られた。

確かに、好きじゃないのに「好き」なんて嘘でも言えないなあ…

二、解消されない想い

恋愛においては思いを伝えない限り心のわだかまりは解消されない。厄介なことが起こらない限りは、思いを伝えた時に白黒付けられる。寧ろ白黒つけられない人が恋愛をしているならば、それは危険極まりないことだと思う。上記の意見からも、やりきれない想いがその言葉から滲み出ている。相談者さん本人はと言うときちんと白黒付けられる人でしたし、中途半端な関係を何とか修めようとされていた。

うやむやな関係になると白の日もあれば黒の日も存在する日々を送らなければならなくなる。それをよしとしてしまうと浮気や不倫になってしまう。独り占めではないけれど、恋愛に関しては感情のややこしい事柄があるから複数対一人とゆう関係は成立しないしさせてはならない。男女の関係ほど腹をくくらなければならないことが多いのも、関係性の透明化をしなければ一緒にいられなくなってしまうこともあるからだ。女性としての意見を述べるならば、あっちこっち引っ掛けている男はバカだと思うしそれが自分事となってしまうならばお別れするのは当然の行動なのである。

言動と行動がチグハグな人は後々色んな所で苦労します。

三、暴徒化

これは男だけではなく女にも言えることである。昨今、婚約したのに○Pされて婚約破棄なんて事もあるみたいで欲にまみれた奴等の多いこと、と人間観察させてもらえているようにも思う。昔はどうだったか分からないけれど、私の知る限り男が一方的に不倫や浮気をするものだと思っていた。行為の相手に関しては特に考えていなかったけれど、罰の悪い事に婚約者の仲の良い友達に手を出す事が昨今のトレンドになっているようだ。男女共にアホさを晒してくれた一例を上げるならば、結婚もせずに子供を作り歩き回る男と、何を血迷ったかそれにホイホイ乗せられて仕舞いには十七才の女も、自覚を持って行動しましたと言わんばかりに私に膨らんだお腹を誇示してきたことがあった。男も頭がおかしいが、女のバカさ頓珍漢な作りの頭には付いていけない。結局この人達は結婚すれば一夫多妻制の中にいる人になるだけで、日本では認められていない制度に乗っかっちゃっているいつの時代の人か分からない奴等なのである。私は出自が出自なこともあるけれど、連れ子でさえ主体的に育児ができるか分からないし、ましてや過去の出来心で作った子供なんて絶対に育てられないしその男にも嫌悪感を抱く。

終いに

気持ちが定まらないからモヤモヤしてしまうのである。それが私自身に降りかかって、きっぱりそう言われても直ぐに気持ちが晴れる事はない。恋愛でモヤモヤとした感情が芽生えたならば、一旦下向きになっている気持ちを忘れて空元気に過ごしてみてはどうだろうか。明日に死が迫っている事がない限り笑顔になれるから、一人の人として自分をアピールすればいいのだと思う。

同じ場所の夢2

夢の中で気がついたら誰か分からない男女二人と共に私がそこにいた。

その場所は、丘陵を開拓し住宅地になっており海に面している所であった。夢の中で自分の存在に気がついたときにはその丘陵の裏側にいた。私は二人と面識はなく、多分カップルであろうけれど何らかの理由でカップルになれていないのだろう。背の高い男性はとゆうとそっぽを向いているようでそっけない印象、小柄な女性は男性に対して疑心暗鬼になっているようであった。そんな二人を知らないし私は何かに動かされて、用があるからとその場を後にし住宅街へ駆けていった。確か男性から早く帰ってくるように言われたが、私は夢の中で使われているようでその事を言われたことに切れていた。丘陵にできた住宅街は正面の海に向かって階段がジグザグになっていた。雲は多めだが天気は晴れていて正面の海もキラキラしており風が心地よかった。海に向かって左手側には湖か池のようなものがあったが、そこが目隠しされており何だったかは分からないままだ。

ジグザグの階段を降りて丘陵の真ん中辺りに白い庭付きの家がある。私はそこに向かって進み、その家の人に挨拶をして家に上がった。家の中でひと笑いしたことはわかっているが、その家に向かう途中から意識と肉体が離れており、その家に入る少し前から家を出て階段の踊場辺りに戻ってくるまで誰かに身体が乗っ取られていたようだった。そうなっていても結局は私の身体だからどういった内容が話されているかは薄々感じ取れた。白い家の人達は、さっき突如現れた男女二人組の男性の方に私が騙されて、結婚させようと画策しているようだった。ひと笑いがあったのは順調に騙せている事に喜んでいたのであろう。しかし私がその内容に気付いたと感じた途端、結婚するのはどっちでもいいとゆうように急に真面目な雰囲気になり話を終わらせていた。私を乗っ取っていた人が階段の踊場に来たことで意識と身体が合致し、それから少しの間心地よい風を感じながらキラキラと輝く海を眺めていた。

暫くすると例の男が呼び立てるのでイライラしながらも仕方なく合流し、私の身体を乗っ取った人がぎくしゃくした三人の仲を取り持った形でその場を去り、一回目の夢は終わった。

2回目に同じ場所に立った夢は私以外おらず、天気は以前よりも雲が多くなっており雰囲気もどんよりしていた。私は気になっていた丘陵の左側に向かっていった。

ジグザグの階段を降りて、少し白い家を気にしながらもどんどん下に降りた。下に降りてみると以外に高低差があり驚いた。やはり直接私がお邪魔したわけではないので、夢の中では白い家が気になって仕方ない。階段を降りると海と平行して通っている片側一車線の道路に出た。左手方向に歩くと殆どが庭付きの戸建てが並んでおり、静寂がその一帯を覆っていた。気になっていた所は、遠くからみると池か湖だったのが時間の経過のせいか、そう見せられていたかは分からないがそこは工場のようになってしまっていた。気になっていたから何分かずっとそこの工場らしき敷地を眺めていた。工場は住宅と道を挟んであり、私は住宅側の歩道辺りから眺めていた。暫くして工場に向かって左手側から怯えた様子の男性が現れた。こっちに来たりあっちに行ったり右往左往しており、仕舞いには奥からもう一人の人がその人を呼び戻している様が見てとれた。いったい何をしたかったのかは分からないままだ。

そんなこんなでもう戻らないといけない時間が来たように感じ、急いであの階段も登らないといけない感覚に襲われた。来た道を途中まで引き返し、階段から見える場所まで戻って名残惜しいけれど戻らなければならない、と思ったところでこの夢は終わった。

怨霊について考えてみた

実のところ、私は小学生の頃と大学卒業後に複数人から呪われていた。それを知ったのはついさっきで、とあることでストレスを感じ台所のシンクに向けてコップを投げるとゆうよりも、角度を決めて落とす事をしてみたら粉々になったことを思い出したからだ。多分その角度から落としても粉々にはならないはずだ。呪われたことを調べる方法はネットにあるけれど、それを解くのは中々難しいと感じる。

呪いとは別かもしれないが、数ヵ月前よりも前から家鳴りがしていたこともあって、動画サイトに上がっているお経を流してみたり、この家に来てからずーっと違和感を感じていた方向に向かって般若心経の写しを置いたりしていた。この家の住人は、頭がおかしいから食事に嬰児を出してきたりして気持ち悪くなって、この地域に全うなお寺も少ないけれどその骨を生ゴミから拾ってお寺に持っていったのも数ヵ月前。お寺に行く前から写経はしていたけれど、湿度の高い季節ではないのにわら半紙は湿気を吸ったようにうねっており、そこに置いてあるだけで気味が悪かったのでそれもお寺に持っていきお焚き上げをしてもらったことがあった。その時対応していただいた住職様には感謝をしている。

話は前後するが、お寺に行く前にお経を流していて起こった事がある。お経を聞くからか、身体に制限が掛かっているようで喉が締め付けられているようにも感じていた。しかしそれは私にとって苦しいけれども身体には良いような感じであった。このような事があり、除霊や厄よけに効果がある九字切りを聞いたり、光明真言を流していた。そうして起こったことは身体から何かが出てきたことである。形で表すとしたら球体のものが首から五六個、胃の辺りからも同じくらい急に出てきたのである。出てきたと言っても目に見えるものではなくて実感できる何かだけである。それが起こってから少しの間だけ身体がやけに軽くなるなった事があった。

怨霊について考える事になったのも先のストレスが原因である。人は死ぬと霊体になるけれど全員が全員怨霊になるとは限らない。死ぬときに、これまで生きてきた中で得られたものが大きければ満足して天界へ旅立てるのかもしれない。一方で、これまで生きてきた中で何か解消されない事柄があれば、不満に充ちた気持ちが解消されるまでは天界には行けないので怨霊として迷惑と思う人にやっかみを与えているのではないだろうか。私の場合七八割怨霊になるのではないかと踏んでいる。とゆうのも私に与えられたストレスは絶対に解消される事の無いものだからである。私が得たこのストレスを解消しようものならば、現世は更にハチャメチャなものになるからである。度を越しているようにも聞こえるかもしれないけれど、本当にそうなのである。

怨霊は、満たされない気持ちや解消できない想いが見えない形になってしまった形態と考えれば、その前に出来ることは沢山あると思う。あいつは自分から動かないからダメだと揶揄するのではなく、何か気付いた事があれば気付いた人から行動を起こす事がこれから先怨霊を生み出さない為の秘訣でもあるのかもしれない。

同じ場所の夢

何年前かに見た夢を今度はショートバージョンで見た。

場所は何処かの商店街で、以前見たときには道を挟んだ両サイドに商店街があり、植林された木々の間から木漏れ日が差し込んでいて、季節的にも心地のよい季節であった。私はどちらの夢でも自転車に乗っており、正面向かって左側の商店の通路を走っていた。最初にその夢を見たときには商店街までの距離が長く、夢の中の視点は自転車の前輪辺りにあった。しかし天気がいいせいか周囲の印象は白や黄色が基調となり辺りを埋め尽くしていた。

商店街までの距離は体内時計で五分くらいで、あるところから左側の商店側に入っていき自転車をこいでいる。そこの商店街は、客足はそこそこで賑わっているとゆうよりも、目的があっている雰囲気が感じられた。最初に見たときは商店は進行方向に二十軒ほどあって、どんなお店なのか自転車でゆっくり店内の様子を窺っていた。途中一軒気になったお店があって、ビラが置いてあったので読んでから店舗に入った。そこの店舗に入るまえから中の店員が焦っており、私が店内に入るとそこには人の姿は失くなっていた。気になったのでそのまま少しそこに留まって、人が出てこないのでそこを立ち去ることにした。結構残念だった記憶がありまた来たいと思った場所であった。

仕方なく先に進んでみると、それまでもそうだったけれど店のようなブースには扉があって店仕立ての所もあれば、取り敢えず椅子と机を用立てたような所もあった。中には男性が一つのブースに尽き、二から五人居るようだった。一度立ち寄った所以外気になるところは特になかった。中からアピールするブースが二つほどあったが、中々興味を持てなかった。

天気は快晴だったのが商店街の端まで行くと少し薄暗くなってきた。未だ少し青空を覗かせているけれど、次第に雨が降ってきた。最初に見たときは天気雨か小雨で直ぐに止むとゆう感覚だった。なので自転車を一旦降りて様子を窺っていたら、一人の男性に後ろの店舗に入るよう勧められた。私が入るつもりはないと告げると、半強制的に二重入口の中に入れられてその夢は終わった。

 

つい先日見た夢は、商店街自体が短くさせられており天気も曇り空だったように思う。私はまた似たような自転車に乗っておりまたその商店街の左側を走っていた。商店街が短くなっていたので当然進む距離も短くなって直ぐに端に到着した。やはり幾つかのブースには人がいて、そこで楽しそうにしている人や賭博に打ち込む人、そこに佇んでいる人達がいた。前回夢で見たときも端の店舗にいる人から何かしらのアピールがあって、今回も少なからずではあるけれど店内にいる人がこちらに意識を送っていた。今回も雲行きが怪しく端に到着すると、急に土砂降りになった。今回の雨は様子を見るに直ぐにやむ気配を感じられず、商店の軒先で雨宿りをすることにした。

 

これが再び見た夢の内容で前回もそうだったけれど、夢占いを調べても自分に当てはまる項目が無くて、この夢を多角的に見ても99.9%当てはまらない。空模様がまるで私の感情を表しているかのように感じた。

サクラ散ル

年々と桜の開花が早まってきており、異常気象の影響をひしひしと実感しております。昔は三月二十日ごろから蕾の様子が気になり、三月二十五日辺りから関東でも開花し始めていました。冬から春にかけて天気が安定せず、満開になるまで桜の成長を心待にしていたものです。遅いときは二週間近く桜を堪能できる年もあったり、桜が散るまでに楽しめる期間が今よりも長かった事を覚えています。しかも近年は雨が降れば直ぐに散る様な謂われで、それを鑑みてか桜もそれに合わせている様にも感じるのです。桜雨であってもそれによって咲きかけの桜が散ることは本当に稀で、そうなる時は強風が吹き荒れたときだったように思います。もう今では冬にも関わらず昔よりも暖かい日が多いため、三月ともなると一気に気温が上がり桜の開花も三月半ばが当たり前になっている気もします。だからか季節に追いやられているようで気持ちの休まる時がありません。季節に淀みがなければ零れ桜も二三日はもって、ブリンブリンに咲いた桜を堪能できるのです。

さて四月半ば頃は東北地方でも花は満開にならない季節ですが、今では見ごろも過ぎこの時期に散り始めている名所が多いのです。縦に長い日本列島で北上すればGW位まで桜を楽しめたのに、今では桜前線を追いかける速度に余裕もなくなってきている現状です。この状況はまるで、先の大戦で日本を護らんとする先人達が命を懸けて戦ったのと同じ様にも感じるのです。

詳しく授業で習わなかったので、寄せ集めの情報でしかその大戦の事を知らないけれど、玉砕を知らせる電報は「サクラ サクラ」であったそうです。日本軍はどの戦場に於いても、米軍が予想した期間を上回る日数を戦い抜いたそうです。真珠湾攻撃以来の戦いで日本軍の兵力減少に伴い、米軍の兵力や武器の数が日本軍を上回り、様々な局面で玉砕を余儀なくされてしまいました。殆んどの人がそうだと想いますが、戦局が悪化してサクラと聞くと神風(しんぷう)特別攻撃隊を思い浮かべる人が多いと思います。日本を守るべくして神になったとゆう表現をよく耳にしますが、桜が散るその有り様の如く大空に散っていったのです。

日本では何か悪いことをすると戒めの意味で、お天道様に叱られるよとかお天道様に見られているよなどの表現がありますが、勿論いい意味でも使われます。その事からも戦局が悪化したことで戦い散っていったその魂が、今お天道様となって私達の母国日本を見守って下さっているのだと実感できるのです。今はそうゆう事が少なくなってきている様に見えるけれど、何か考え事をしながら歩いていると急に何かにぶつかったり、気を付けながら進んでいた道で一人だけ頭をぶつけたりと、これがお天道様からの罰でもあり今の澱んだ気持ちを考え直す様に教えてくれているのです。

実際に桜の散る様子はその年によって違うけれど、風に乗って空高く舞う桜を見ると嬉しくて儚くも無常にも感じるのです。それは日本に刻まれた、未だに消えない戦争と桜に込められた念(おも)いなのかもしれません。

 

夢の中の猫

殆んど夢を見ない私だけれど、昨晩は何十年かぶりにはっきりと自分の夢と感じることができる夢を見ました。しかも夢を割りと鮮明に憶えているのも中々珍しいことです。十何年か前には、ある人達によって夢までも操られていたんですから迷惑なものです。

 

昨晩見た夢は子猫が出てくる夢で、初めの内はまだ生まれたての赤ちゃん猫にミルクを与えいる夢なのです。途切れ途切れの夢でしたが憶えているば場面も幾つかあり、哺乳瓶みたいなものに蛇口から水を入れていました。子猫なんて育てたことないし成猫を飼ったことすらないのに、数日前に子猫にミルクを与える動画を見たからかとも思いました。実際の子猫の成長スピードは知らないけれど、片手で子猫を掴んでいたのにあっとゆう間に大きくなっていて、一声鳴くと「にゃー(ご飯まだー?)」と言ってきたのです。夢の中では無意識に「あれ?さっきあげたよね?」と何度見をする癖まで夢に現れていました。会話はこれだけでしたが、全く今の様子を表しているように想いました。実を言いますと毎度の食事に満足できていないのと、現実的に食事の摂取量が全く足りていないからです。

夢占いで子猫は一般的にピュアな気持ちや褒められたい気持ちの象徴とネットでは書かれておりますが、全く以てそんなこと考えていなければそのような心境でもありません。猫占いの項目を見ていても当たっている項目は猫がしゃべることだけなのです。一部のブログで猫の夢は妊娠の予兆と書かれていましたが、夢占いのサイトを幾つか見てもその様なことは一切書かれておりませんでした。因みに猫がしゃべる意味は、今私が抱えている問題解決の糸口となるようで、問題解決をする為の重要なカギになるようです。「にゃー(ご飯まだー?)」には、ちゃんとしたご飯をしっかり食べなさい、とゆう意味が込められているのかもしれません。

 

殆んど夢を見ない私が精神的に辛かったとされる時に見た夢は、一面火の中ずっと一人で泣いている夢です。これは小三から小六までの間で定期的に見ていた夢で、よくその夢を見て泣いて目を覚ますのが常でした。家庭環境と自分の置かれている環境がこんなにも自分にダメージを与えていた事を、未だに理解することはできずにいます。とゆうのも、そこそこに学校生活や対人関係を小学生ながら上手くやり過ごしていた事しか憶えていないからです。心の奥底に仕舞われた悲しい思いが、その夢に表れていたのかと想うことしか未だに出来ない状態です。その夢の、舞台になっていた場所は小学校の通学路でした。その夢を見終わることが出来たのは、誰かが助けに来てくれたからです。一面火の中に立ちながらずっと泣いていた私を、その場所から救ってくれました。夢の中では何も考えられずにいたので、同じ場所で泣くことしか出来ませんでした。本当にあの時のことは感謝しています。夢の中ででも助けて下さり有り難う御座いました。