わたしのB面ブログ

娑婆に関心が持てなくて20代後半で尼寺に行った方がいいのでは、と考えていた人のお話

今日が私の誕生日だ!!!

昨夜はここ数年毎度のこと、寝支度が出来ずに眠りについた。睡眠時間もまた操られていると感じており、起きるのではなく起こされている感覚だ。それに体の不調も長年不明のままで、身体には変な感覚がいつも抜けないし何もしていないのに心身がいつもすり減り身体に受けるダメージが半端ない。

私は幼い頃から一人で過ごしてきたと言っても過言ではない。実の家族から引き離され小さいながらも、自分が生まれた場所とは別のところに居ることを知っていた。代わる代わる家に来る他人の誰かに『おうちに帰りたい』と四歳か五歳の時に泣きながら訴えたけれど、勇気をもって助けてくれる人は誰一人として居なかった。なので二歳になる前辺りから私は、今居る家でただの操り人形として生かされているのである。そして誰も何も教えてくれなかった。唯救いだったのは気心の知れた友達がほしかったけれど、私を取り巻く環境が環境だけに友達が出来なかった。それでも若気の至りで頑張れたから、それを吹っ切ってでも過ごせたのだと思う。だから周りをよく見ようと努力もできた。何でもがむしゃらに出来るのは本当に若い頃だけだと実感したのも、悲しいかなこの環境のお陰である。

人の努力の限界は人により変わるけれど、私の努力の息が少し長かったのが更なる最悪の事態を招いたのかもしれない。私の努力のリミットは三十歳辺りからで、そこを境に下降気味になっていった。状況は単純に『何か疲れてきた』から始まる。それでも行く宛の無い私は、仕事しか生きる喜びを見出だせない環境に身を置いていたこともあり、何もしないともぬけの殻になるからその後も働かなければならなかった。頼る宛も無い為起きて働いて家に帰って寝るの繰り返しで、三十路を過ぎると流石にこれまでの仕事人生でこれと言って成し遂げたことがなかったから、そのループに毎日疲弊していた。こんなループを繰り返しても何も生まれないと感じ、契約社員をやめ人生を考え直そうと思っていた。そして三十五歳の時契約満了でその仕事を辞めた。仕事の話とは別で雇用系態に対して不満があったけれど、ここでは省略しておく。

残念ながら仕事を手放してからも最悪なことが続いている。数日前にあった小田急線車内での切りつけ事件は、私ももれなくそうさせられてても可笑しくはない出来事だった。“私も”と表現したが、誰が標的になっても可笑しくない事態なのである。そして正に今の私の状態も、違う形で“妖精さん”が私を取り巻いているのでこの特にこの四年間は何も出来ず仕舞いにさせられている。そして身体をボロボロの状態で、生活に支障が出ている状態のまま今日誕生日を迎えた。私の本当の年齢は二〇二一年八月十九日で三十九歳になる。これ迄は学年も一つ下で他人の誕生日を使わさせられていたけど、何一つ正しくない人生に我慢がならないのでこの誕生日に変えることにした。今日の誕生日は私が勝手にその日に定めたわけではない。頭の中で繰り広げられる展開から見出だした結果なだけである。多分戸籍を辿れば本当の事が見えてくるのだろうけれど、それを知るにも何かしらのふざけた“障害”が付き纏うと思うので今はそれを知るために奔走したくはない。

そして誕生日を迎えた今、身体だけでなく人生までもボロボロにさせられようとしている。人としての尊厳すらない私は、女性としても認められていないようだ。とゆうのもこれ迄の男性経験もままならない状態でボロボロにさせられて、何一つ治らない身体しか私には残っていないのだ。仕事していた時も先の人生に淡い期待を寄せていたが、このままでは良くないと感じていてもその時も私にどうこう出来る問題ではなかった。女性に生まれたからには、恋愛結婚妊娠出産子育てを経験したいと未だにその淡い期待を抱いている。でも私の身体なのに私に権限が無いから今こんな酷い状態のままにさせられている。頭の中で赤ちゃんを期待されたり、感情を操られて本当の今の感情を押し潰されてやけにハイテンションにさせられたり、今の本当の私の状態すら私が把握できていない。こんな状況状態で何を期待させられなければならないのだろうか。それにもう一つ懸念がある。それはバセドウ病と称され処方された薬を服用してしまったことだ。これも薬を飲むなと頭の中に知らせが来た。何故か直接来て言伝(ことづ)てすら出来ないらしい。

私は三十九歳になった今も、自分では何も出来ない状態にさせられているのだ。人生が辛いから誕生日を気にしないようにしてきたけれど、毎年毎年唯歳を数えるだけの暗い日に落胆することしか出来ないのだ。話は戻るが、女性であれば少なからず女性としての責務を果たしたいと願うものだ。それだけではないが、誰かの手によって心身を死せらめす事になってはいけないのだ。防御には限度があり、努力できるときまでが限度なのだ。頑張れ頑張れと言われたって何を頑張らなければならないのだろうか。今の私を取り巻く環境は、まるで若気の至りを永遠と続けなければならないように設定されているようだ。こんな誕生日を何時まで続けなければならないのだろうか。

 

Googleにお祝いされた2021年8月19日午前8時、ありがとう。